ワソラン錠で2度死にかけた話
ワソラン錠(ベラパミル)で2度も死にかけた事があります…。
といっても私ではなく、今は亡き父の話です。
私がまだ薬剤師になる以前の話であり、もちろんワソラン錠(ベラパミル塩酸塩)という薬の事も何一つ知らない時です。
基礎疾患の頻脈性不整脈
当時の父は基礎疾患として頻脈性不整脈を患っていたので、不整脈の薬やワーファリン等の抗凝固薬など何種類かを服用していました。
頻脈性不整脈は、さらに以下の2種類に分けられます。
- 上室性不整脈(上室性期外収縮、発作性上室性頻拍、心房頻拍、心房細動、心房粗動)
- 心室性不整脈(心室性期外収縮、心室頻拍、心室細動、トルサード・ド・ポアンツ)
※ちなみにコロナワクチンの接種でも患者さんによく質問された基礎疾患とは、厚生労働省では以下のように定義しています。
(1) 以下の病気や状態の方で、通院/入院している方
1.慢性の呼吸器の病気
2.慢性の心臓病(高血圧を含む。)
3.慢性の腎臓病
4.慢性の肝臓病(肝硬変等)
5.インスリンや飲み薬で治療中の糖尿病又は他の病気を併発している糖尿病
6.血液の病気(ただし、鉄欠乏性貧血を除く。)
7.免疫の機能が低下する病気(治療中の悪性腫瘍を含む。)
8.ステロイドなど、免疫の機能を低下させる治療を受けている
9.免疫の異常に伴う神経疾患や神経筋疾患
10.神経疾患や神経筋疾患が原因で身体の機能が衰えた状態(呼吸障害等)
11.染色体異常
12.重症心身障害(重度の肢体不自由と重度の知的障害が重複した状態)
13.睡眠時無呼吸症候群
14.重い精神疾患(精神疾患の治療のため入院している、精神障害者保健福祉手帳を所持している、又は自立支援医療(精神通院医療)で「重度かつ継続」に該当する場合)や知的障害(療育手帳を所持している場合)(2) 基準(BMI 30以上)を満たす肥満の方
*BMI30の目安:身長170cmで体重約87kg、身長160cmで体重約77kg。
よって、BMI≧30の肥満の方も、基礎疾患ありとなります。
頻脈性不整脈の治療方法
通常であれば、不整脈は根治を目的とした場合に高周波カテーテルアブレーションにより外科手術をして治すことができます。
しかしカテーテルアブレーションが無効な場合や、手術を希望しない場合は薬物による再発予防を行います。
父は様々な理由から薬物治療で様子を見ながら日々を過ごしていたようです。
そんなある日、医師から処方されたワソラン錠を服用する日が来たのです。
ワソラン錠を服用したらどうなった?
父はその頃、まだ自営で仕事をしていました。
そして初めてワソラン錠を朝に服用した日のお昼休みに突然気分が悪くなり、かかりつけ医で診てもらい安静にして自宅で休んでいました。
父は当初「寝とったらじきに治るやろう…」といいながら寝ていたそうですが、一向に回復する感じはなく段々とひどくなる胸の苦しさを訴えはじめたので救急車で大病院へ運ばれていきました。
どうやら新しく飲み始めた薬があっていなかった様です。
その時の担当医が「薬があっていない様なので中止にします」と言ってワソラン錠は中止になりました。
ワソラン錠を中止した父は無事に退院して、暫くは何事もなく日常生活を送っていました。
そして暫く経ったある日、大病院での受診時に担当医師が「ワソランを前回の半分の量で服用してみましょう」と言い出したのです。
母は前回の父の様子を間近で見ていたので若干不安に思いながらも、父は医師を信じてワソランを半量にして服用する事にしました。
そして自宅に帰り再び半量になったワソラン錠の服用が開始されました。
すると服用してすぐ父は前回の服用時よりも早く、よりひどい症状で胸の苦しさを訴えだしました。
傍にいた母は、「ワソランの副作用だ!」と直ぐに感じ取り、すぐに救急車を呼び父は再び大病院へ運ばれていきました。
病院に運ばれた父はICUに入り、医師から「かなり危険な状態です、生命の危険があるのでご家族を集めてください」と母に言いました。
その頃の私は今と全く違う仕事をしていたのですが、会社に電話がかかってきて突然上司から「おい、お父さんが危篤らしいぞ!仕事はもういいから早く病院へ行くんだ!!」と言われました。
ドラマのような展開に慌てた私はすぐに大病院へ向かいました。
その時はとにかく不安な気持ちで病院へ向かった事だけを覚えています…。
結局、父はなんとか一命を取り留めて無事だったのですが、それ以来病院の医師の言う事を全く信用しなくなりました。
母は「ワソランは怖い薬や」と事あるごとに言っていたので、私は「ワソラン=恐ろしい薬」というイメージを植え付けられました。
私はワソランを飲むまでは全く元気だった父がこんな事になってしまい、小さな錠剤一つで生死の境を彷徨う事になるなんて「クスリって本当に怖いなぁ」と思いました。
クスリはリスク…
全くその通りです。
ワソラン錠(ベラパミル塩酸塩)とは?
ワソラン錠:ベラパミル塩酸塩(Vasolan Tablets)は、抗不整脈薬の一種です。
名称の由来は、冠血管を拡張するもの(Vasodilator)より名づけられました。
抗不整脈薬の薬理作用によって4種類にわける古典的な分類であるVaughan Williams分類では、IV群:Caチャネル遮断薬(ベラパミル、ベプリジル、ジルチアゼム)になります。
Ca拮抗薬でも高血圧に使用されるジヒドロピリジン系と違い、ワソランはフェニルアルキルアミン系に該当し、主に心臓に作用するので頻脈性不整脈や狭心症に使用される事が多い薬です。
効能効果
成人:頻脈性不整脈(心房細動・粗動、発作性上室性頻拍)、狭心症、心筋梗塞(急性期を除く)、その他の虚血性心疾患
小児:頻脈性不整脈(心房細動・粗動、発作性上室性頻拍)
ガイドラインでのエビデンスレベルは?
ガイドラインにおいてワソラン錠は、発作性上室頻拍の予防への推奨とエビデンスレベルはⅠやAと非常に高い。
ただし、心房細動に対する心拍数調節(レートコントロール)療法への推奨とエビデンスレベルはそれほど高くない。
よって非ジヒドロピリジン系のベラパミルやジルチアゼム、そしてβ遮断薬などは、頻拍発作の頻度や持続時間を減少させる効果や安全性の高さから発作性上室頻拍予防の第一選択薬とされています。
※ただし、顕性WPW 症候群(心室細動発生リスクが高まる恐れがあり)や、中等度以上の心機能低下例では陰性変力作用(心機能が低下したほど現れやすく、ベラパミルの方がジルチアゼムより強い)があるのでベラパミルやジルチアゼムは使用しない事となっている。
この場合は I 群:Na+チャネル遮断薬を用いる。
変力作用:心筋の収縮性を変える作用
- 収縮力を上げる作用を陽性(positive)変力作用
- 収縮力を下げる作用を陰性(negative)変力作用
LVEF(Left Ventricle Ejection Fraction):左室駆出率
左室の収縮力(ポンプ機能)を測定したもので50~80%が正常とされています。左室駆出率(LVEF < 40%)の場合には陰性変力作用の強いワソランは使用に十分な注意が必要である。
P 糖タンパク阻害薬の一面
P 糖蛋白:薬物を細胞外に排泄する機能をもつ蛋白
P 糖蛋白阻害薬であるワソランを他の薬剤と併用すると併用薬の生物学的利用率や血中濃度が上昇する事があるので併用する場合は低用量で使用するなどの注意が必要である。
あとがき
自分が薬学部に入って抗不整脈薬であるワソラン(ベラパミル塩酸塩)を勉強した時は、この出来事をかなり意識したことを覚えています。
「ワソラン=恐ろしい薬」
もちろんハイリスク薬であるので危険な薬には違いありませんが、ワソランはガイドラインでも第一選択薬で使用されるメジャーな薬でした。
父にワソランを2度処方した医師も、ガイドラインに沿って普通に経験則に基づいて使用したのだと思われます。
「いままで大丈夫だったから今回も大丈夫だろう…」
「半量にすれば大丈夫だろう…」
しかしこのような事例もあるので、如何なるハイリスク薬の使用においても何より【Do no harm】を意識して処方いただきたいと考えます。
そして薬局においても特定薬剤管理指導加算を算定するからには、こういったリスクがある旨を十分に説明してお薬をお渡ししたいと思います。
「バスが来るから早く薬を渡せ!」と言わないで一度ゆっくりと服薬指導を受けてみましょう。
おわり
参考文献:2020年 改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン、エーザイ株式会社ワソラン錠インタビューフォーム
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